プラタナス

 枯れ木の合間から差し込む西日を横目に明莉は窓越しの木を見ている。時計を確認するとさっき確認したときから3分も進んでいなかった。なんだか自分が何もすることのない暇な人間だと言われたような気がして嫌気が差してしまった。いつもなら本を取り出していようものだが今はそういうわけにもいかないのだ。

 もう一度窓の外に目をやる。看板の上にとまっているカラスはやけにずんぐりしている。それからどのくらい時間が経ったろう、おそらく1分やそこらなのだろうが、唐突に肩を触られた。振り返ると奈緒がおまたせといい、にこにこ顔を覗かせてきた。

 「明莉なにぼーっと外見てんの。」

 「雀を見てたの。やけに太ってたから」明莉はなんとなく雀と言い直した。

 「太ってたってかさ、そりゃ冬なんだからもこもこするでしょ。でもなんかかわいいよね。てかとりあえずいこ。いつものお店ね。」

 なぜ雀が太って見えるのかはよくわからなかったが明莉は何も聞き返さなかった。代わりに

 「ねぇ、あの木って何ていうかわかる?」と聞く。奈緒は

 「プラタナス。あのでっかいやつでしょ?変な実がなるの。」

 うん、と相槌を打つと奈緒はプラタナスに関する話をあれこれしだす。毛虫がどうとか昔の友達がどうとか言っているのを聞いているうちに途中から何故プラタナスだけでこれだけ喋れるのかとそればかり明莉は感心していた。無口な自分にとっては気が楽というかありがたいなと彼女は毎度思う。

 授業が終わったあしでそのまま明莉は書類を提出しに大学の窓口に向かう。灰汁のような雲のせいか陰鬱な雰囲気の廊下を進むのはいつも以上に気が進まない。この時間が彼女はたまらなく嫌いだった。

 窓口の扉を開けると薄化粧の女性が近付いてきた。

 「どうしましたか?」

 「~の申請をしたいのですが…。」書類を手渡す。

 「~ですね。確認するのでしばらくお待ちください。」女性が愛想よく応対する。

 もう二三事務的な話をして明莉は窓口をあとにした。夕飯のことをわざと考えるようにするがそれは無駄だった。冷たくどす黒い罪悪感が水銀が体をめぐるようにのしかかる。眠ろうとするほど目が覚めるように、彼女は家族のことを考えてしまうのだった。

 生きるために仕方がないだろうと合理的に頭の中で処理することができるほど、両親が亡くなったことは彼女の中で消化し終わった事象ではなかった。6年という月日はそれほどまでに無力であった。自分の気の持ちよう次第なのもわかっているが、自分の身の上をわざわざ役所から取り寄せた色々な書類で証明してお金をもらうという行為が、なんだか命をお金にするという罪な気がしてしまう。それにそんなことを考える自分の暗い心が彼女を自己嫌悪の谷底へと閉じ込める。

 また廊下を歩く。何気なく見下ろしたスマホには奈緒からの連絡の通知が光っていた。


#96 黒澤広大

北海道大学体育会サッカー部

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